2017年4月5日水曜日

あの世から吠えている犬

このブログの看板は私の死んだペットの犬である。死んだ犬はあの世からこのブログを心配している。「僕のブログ、うまくいってる?」って。

そろそろ犬の記事でも書くかぁ、と思ったら、「そうそう、僕のことも書いて。『犬の涙』なんだから」とあの世から聴こえたような気がした。

犬が死んで4年近くになる。私は毎日ご飯を供え、犬の代わりに可愛がっている死んだ犬そっくりのぬいぐるみが、私のベッドの枕元にいる。だから一日として犬のことを忘れたことはない。

しかし、日常を忙しく送っていると、ついつい犬の存在を忘れがちになる。それは犬が死んでからだけではなく、犬が生きている頃からそうだった。

犬は時々吠える「僕のことを忘れないで」と。もしも犬が吠えなかったら、犬はすっかり忘れられていたかもしれない。うるさく吠えるので、犬のことを思い出すこともあった。

犬は今もあの世で吠えているかもしれない。「僕のことを忘れないで」と。しかし、あの世の犬の声は私には聴こえない。だから、促されなくても、こちらから思い出してやらなければならないのだ。

死んで4年も経つと、犬との思い出はだんだん薄れてくる。またあの日の頃の犬に会いたいなぁと強く願う。14年間も犬と共に暮らす日々があったのに、それらの日々をちっとも私は大切にしなかった。どんなにそれらの日々が大切だったかを知ったのは、犬が死んでからだった。

犬のことは私が死ぬまで忘れない。しかし犬との思い出の日々はだんだん薄れていく。

その反面、あの世で犬と暮らす日は、一日一日近づいているのだ(笑)。私の死ぬ日は毎日近づいている。犬と再び暮らせる日も近づいている。思い出が薄れると共に、また一緒に過ごせる日が近づいている。

そうしたら、薄れゆく思い出の中の犬ではなく、あの世で確かに生きて存在している犬と、また実体を持って暮らせる日がやってくる。そこから二人の新しい関係が始まる。今度こそは二人の関係を大切にするのだ。

その日は5年後か10年後か30年後か分からない。その日が来るまでは犬を忘れないようにしよう。時には犬はあの世で吠えているかもしれない。僕のことを忘れているよ、って。その声は私には届かない。

だから時々はブログでも犬のことを綴ろう。そうすれば、犬も安心するだろう。僕のことを書いてもらえた、って。

ありがとう、愛してるよ。私の声が、天国の犬に届くことを願って。