2017年4月9日日曜日

誰みたいに生きたいですか?

私は本当はどう生きたいのか、これからどんな老後を迎えたいのか、考えてみた。誰みたいになりたいのか、誰を見本にしたいのかを考えれば、具体像が浮かんでくる。

すると浮かんで来た実在の人物は、ターシャ・テューダーだった。ターシャ・テューダーとはアメリカの絵本作家であり園芸家である。離婚して絵本を描いて生計を立てながら、自給自足の一人暮らしをしていた。もう他界した。

バーモント州の広大な土地で自然と親しみながらガーデニングを楽しみ、コーギー犬が彼女のパートナーだった。自分の好きなものを料理し好きな洋服を手作りし、毎日の生活を自分の好きなように自分のペースで自由に楽しんでいた。

テレビで彼女の特集を見た時に、こんな生き方があるのかと心惹かれた。

私は特にガーデニングがしたい訳ではないが、ガーデニングを含めて彼女のように自分の好きな世界を創り上げることは、多くの女性にとっての憧れではないだろうか。

私は家事は好きではない。それは毎日こなさなければならないものだし、やらなくてはならないものだからだ。それも自分の為ではなく家族の為に家族に合せた家事をする。

限られた予算の中で家族の好みの食事を毎日用意する。だけど、本当は自分の食べたいものを手をかけて作ることを楽しみたい。

家の中には家族の物が溢れかえっている。勝手に処分することは出来ない。毎日を家族から苦情が出ない程度に清潔に保つ。だけど本当は私にとって要らない物は全部処分し、家の中を全て私好みに作り替えたい。

洋服を買ったりお洒落をする余裕はないので、洋服は「しまむら」で買った何枚かを交互に着ている。だけど本当は安い生地を買って好きなアレンジをして、簡単な服作りぐらいはしてみたい。娘が小さい頃は、娘の洋服も縫ってみたけど、いつの間にか面倒になってしまった。

自分の為に自分の好きなように出来る家事なら、本当は楽しんでみたいと思うのだ。全部を自分の自由にしたい。その為の時間とお金と体力があるならね。でも主婦にとって、家事は自分だけのものではない。多くは家族の為のものだ。

私が完全に自由に出来るのは、自分の自由時間に楽しむ趣味だけである。読書とか音楽を聴くこととか映画やドラマを観ることぐらいしか、自分の好みのものを楽しむことができない。

娘は大学を卒業し就職が決まるや否や、早々と家を出ていった。封建的で厳格な夫と暮らすことは息が詰まりそうだったからである。

夫は昔気質の頑固おやじのような人だ。実際に頑固で気に入らなければすぐ怒鳴る。そして自分の価値感が絶対に正しいと信じていて、家族にもそれを押し付けてくる。外面が良いので、他人からはそう見えないだろう。私も結婚前は気づかなかった。

夫は家族を自分の自由に出来る存在だと思っている。とても支配的な人だ。そして自分は自由に生きている。夫にとってはそれが家族を養うという意味なのだ。娘でなくても私も息が詰まりそうである。

夫に養ってもらい、専業主婦でいられて、外で働く苦労をしなくて済むのは有り難いことである。しかしその代わりに私は自由を失った。専業主婦というのは鳥籠に入ったようなものなのだ。

専業主婦で家にいられるというのは、家族を最優先するということだ。家族に合せて生きるということであり、自分の自由より家族を大切にすることに生活を捧げる。その残りの時間が自分の自由時間になる。いかに自由時間を多く確保するかだ。

私が一番不自由に感じるのは、自由に出かけられないことだ。夫は私が夫に合せるのが当然だと思っているので、夫が家にいる時は私は外出しにくい。夫の用事をすることが優先だからだ。

外に出かけても、夫が帰宅するまでに帰り夕飯の用意をしなければならない。夫は必ず家で夕飯を食べる人だ。私が友達と出かけて遅くなるなんてとんでもない。娘と出かける時ですらそれは守らなければならないことだ。

私は家にいるのが好きだが、それでももっと自由に出かけたい。時には帰りの時間を気にすることなく外出を楽しみたい。

夫はもちろん自分の好き勝手に出かけている。土日も仕事帰りも。私に言い訳をしているが、基本、どこに行こうが私に有無は言わせない。意味不明な旅行にまで行く。でも私は何も言わない。

とにかく夫にとっては自分が優先され、全てが自分の為に整えられていて当然なのだ。夫にとっての専業主婦というのはその為の生き物なのだ。それが家族を養うということなのだ。

その関係は、社長と被雇用者、いや、王様と召使いかしら。専業主婦のお小遣いなどほとんどないから。

家を出て一人暮らしを始めた娘は、料理などしないだろうと思っていたら、意外と料理をして一人暮らしを楽しみ始めた。

「やっぱり一人になると精神にいいわ」と、夫から解放された喜びを味わっていた。

ところが、しばらくすると彼氏が出来た。ひとり暮らしを楽しんでいたはずなのに、彼氏の家と自分の家を行ったり来たりしている。

「やっぱり彼氏が出来ると心が安定するわ」と言いながら。

娘は本当は孤独が嫌いなのだ。一人暮らしは自由でいいけど、孤独が苦手な人には向かない。

今の若い女性は結婚後も働くのが当たり前になっている。専業主婦はもう流行らない。しかし男性の意識はそれに相応するだけ育っているのだろうか。結婚相手によっては、女性だけが負担を強いられるようになる。

専業主婦も共働き主婦も、やっぱり結婚相手次第で幸せが決まるのは否めない。女性を自分の為に存在していると思っているような男性は、女性の幸福の邪魔をしがちである。

「人生フルーツ」という映画が今、上映されているそうである。理想的なカップルの老い方を描いた映画だそうだ。機会を見て、私も観に行ってみようと思う。

と言っても私には、ターシャ・テューダーのような生き方しか残されていないようだ。娘はきっと「人生フルーツ」のタイプだろう。

孤独が好きな人はターシャタイプ。孤独が苦手な人は「人生フルーツ」タイプ。いずれにしても、理想的な生き方が出来るのは、とても恵まれている。頭の中に理想像を置いておくのは良いことだろう。理想が叶うかどうかは分からないが。