2017年4月8日土曜日

結婚とは生活することである

男女には相性がある。人にはそれぞれ好みというものがあり、多くの人から好まれやすいタイプというのもある。

容姿の好みをどこまで重視するかは人によるが、気が合うかどうかを決め手にする人は多いと思う。

結婚の対象として相手を見た場合には、それに条件的なものが加わる。有利な結婚が出来る相手かどうかを互いに品定めするという訳だ。

「アナと雪の女王」のアナは、ハンス王子の「肩書」と「気が合う」という二つの要素で、ハンス王子を運命の相手だと思い込んだ。しかし、後にそれは間違いだったことに気付く。多くの女性にありがちな間違いだ。

私が夫と結婚したのも、「気が合う」のが一番の理由だった。一緒にいて気疲れしないし楽しい。そして結婚相手としての条件的なものも悪くない。私もアナだった。

もちろん、相手の人間性を考えない訳ではない。しかし、結婚前に相手の人間性を見抜くのは難しく、多少の欠点があっても「好き」という気持ちの前には見過ごしてしまう。どうにかなるものだ、と。

しかし、結婚にはやはり相手の人間性がものを言う。自分を大切にしてもらえるかどうかは相手の人間性次第なのだ。やがて恋愛中のような愛情が消え失せても、相手が尊敬できる人間性を持つなら幸せな結婚を維持できる。

元々結婚は修行だ。相手にだけ完璧を求めても仕方がない。相手の欠点を補い、相手から刺激を受けて人間性を磨く。互いに成長し合うのが結婚、と言っておけばいいだろう。

結婚には男女としての相性だけでなく、生活感覚の相性というのもある。互いに生まれも育ちも違うのだ。一緒に暮らしてみて、暮らしやすい暮らしにくいの相性がある。これも、あまりに相性が違うと結婚生活を維持するのが困難になるだろう。金銭感覚が合わないのも不和の元だ。

そして、もうひとつ目に見えない運勢的な相性というのがあるように思う。二人が一緒にいるとどうも物事がうまく進まずトラブルが多くなる、あるいは二人が一緒にいると運勢が開けて繁栄する、といった、自分たちではどうにもならないカルマ的な相性があるのではないかと思う。

夫は病気の多い人で、入院して給料が止まることもよくあった。しかし、結婚以来、決して高給ではないが、安定した収入を提供してくれている。結婚とは生活なのだ。収入が安定しているかどうかが要となる。

家も中古マンションだがローンを払い終えている。

二人の両親は既にいない。4人を見送ったが、さほど介護の苦労を味わわなかったのも、恵まれていたと言えよう。同居もしなかったので、私は嫁姑の苦労もしていない。

育児も成功だったかどうかは分からないが、無事に育て上げた。娘を大学まで卒業させ就職させた。今は自分の好きでまた道を歩み直している。後は結婚を楽しみにするばかりだ。

夫との結婚は順風満帆とは言えないまでも、いつもどうにかなって来た。世の中にはもっと素晴らしい結婚もあれば、もっと悲惨な結婚もあるだろう。他人と比較は出来ないが、まぁ恵まれた結婚生活を送ってきたのではないかと思う。

結婚は生活なのだ。トラブルの少ない良い生活が維持できれば成功としよう。しかし、愛を夢見ていた私は、結婚が満たされないものだという感じを受ける。

そもそも、愛情表現にも相性がある。自分がしてほしい愛情表現と相手がしたい愛情表現にも相性があり、それが食い違えば愛情を愛情と感じないのだ。

言葉で愛情を伝えて欲しい人もいれば、身体が触れ合うことで愛情を感じる人もいる。さりげない行動で愛情を感じる人もいる。

男性は総じて愛情表現が下手だと思うが、家族の為に稼ぐことが愛情だと考える夫も多いだろう。

確かに結婚は生活であり、安定した収入は結婚生活の要だ。それを提供し維持してくれることは、大いなる愛情だ。

しかし、一生懸命働いてくれる夫より、飼い犬の方に愛情を感じてしまうのは何故だろう。

死んだペットの犬は、いつも私を見つめ私に寄ってきてはペロペロ舐めてくれた。死ぬ時には恐らくは私の為に生きようと頑張ってくれた。小さな体で命を尽くして私を幸せにしてくれようとした。

私にはそれが愛情に思えた。愛って、相手と一緒にいることが嬉しくて、相手の喜ぶことをしてあげたいこと、互いにそう思えること。私にとってはそれが愛情だ。

犬と一緒にいても生活はしていけない。犬はお金を持ってきてくれない。結婚は生活だから。

しかし、あの世では生活の心配は要らない。生活の心配のないあの世の方が、本当に私が欲しかった愛情のある生活が出来そうだ。だから、私が死んだら天国で犬と暮らしたいと思う。

夫のしてくれていることを愛情だと思えればいい。しかし、夫が見ているのは私ではない。犬は私を見ていてくれた。多分、今でも。私は今もこれからも私を見てほしいのだ。

愛とは互いに見つめ合うことではなく、二人が同じ方向を見ることだ、と言ってた人がいる。誰が言ったか忘れたが。

見つめ合うこともなければ同じ方向を見ることもないけど、生活していける。それがこの世の結婚である。