2017年4月3日月曜日

理解不能な我が子

一歳の女の子が、父親と歩道橋を渡っている時に、歩道橋の柵の隙間から転落したと報道していた。女の子は重症だけど命に別状はないと言う。

世の中には思いがけない危険な場所がある。まさかそんなことになるとは予想もつかないことがあるものだ。特に子育て中はそう感じる。

娘にもそういうことがあった。娘がまだ2,3才の頃だ。スーパーマーケットの食料品売り場で私が買い物をしている間に、娘と夫はエスカレーター横のベンチに座って待っていた。

私が買い物を終えて二人の元に戻ると、娘がぼーっとした顔をしている。ふと娘の手元を見ると、

スチールのベンチの無数に開いた穴の中に、娘の指が入って抜けなくなっていた!

無理に引っ張り出して娘の指を傷つけては大変だ。私はとっさにトイレに走り、手洗い用の石鹸水を手につけて娘の元へ戻った。石鹸水を娘の指につけると、難なく娘の指がベンチの穴から外れた。よかった~~。

しかし、指が穴に入って抜けなくなっているのに、騒ぎもしない娘も娘だが、隣に座って異常事態が起きていることに気付かない夫も夫だ。

私の娘というのも我が娘ながら理解し難い所がある。やはり幼児の頃、おもちゃ売り場に「ピコ」という子供用のゲーム機が見本で置いてあった。娘はおもちゃ売り場のお試し用ピコで遊ぶのが大好きだった。

娘がいつまでも夢中で遊んでいるので、もしかしたら私がいなくなっても気づかないかもしれないと私は思った。そこで、一体いつ娘が私がいないことに気付いて大慌てするのか、物陰に隠れて見ていることにした。

しかし、いつまで待っても娘は私がいないことに気付かない。一度も私を探さない。夢中でピコで遊んでいる。小一時間も隠れていた私は、馬鹿馬鹿しくなって「もう帰るよ」と娘を無理矢理連れ帰った。

娘は今は一人暮らしをしてちゃんと生活をしている。それでも私は今でも娘が馬鹿なのか利口なのか、よく分からないのだ。恐らく私が死ぬまで分からないだろう。

それでも親は一生、子供の幸せを祈り続ける。人生にはどんな予想もつかない危険があるか分からない。そして私とは違うタイプの我が子の生き方もまた、予想がつかない。

私は干渉し過ぎないように、遠くからいつまでも娘を見守る。いざという時にはすぐに動けるように、私はいつでもスタンバイOKな状態になっている。子育ては一生終わらないものかもしれない。