2017年4月14日金曜日

自分の力だけが頼りである

「自己信頼」(ラルフ・ウォルドー・エマソン著 パンローリング株式会社)という本を、AmazonのKindle unlimited読み放題で読んだ。

エマソンは、自分を誰よりも信頼しろと言う。他人の言うことなど聴くな、と。エマソンの言う自分というのは自分の中の神性のことである。自分勝手に生きることを勧めるものではない。

私が一番感動した言葉は

「自然界においては、力こそが権力の大きさを計る尺度である。自然は、自立できないものを、その王国から容赦なく追放する。」(「自己信頼」より)

というものだ。

この場合の「力」というのは自立する力、生きる力のことである。そして、自然界で言う「権力」とは、自然界で堂々と生きる権利のことを指していると思われる。自然界では「自立」こそが全てなのだ。自立しない者は生きることすら叶わない。

人間の世界では、「互いに愛し合いなさい」「互いに助け合いなさい」と相互扶助の精神が勧められている。弱い者は強い者の助けを借りて生き延びる。強い者は余る力で弱い者を助けることを期待される。

しかし、その言葉に甘えて、他人に頼り他人に助けてもらうのが当然だと思っている人もいる。そうやって生きる間に、自分で生きようとする力が損なわれていく。人間の世界ではそれでどうにかなっても、本来は自然界ではそういう甘えた生き方は許されないのだ。

「互いに助け合いなさい」というのは、強い者に助けることを促す為の言葉であって、弱い者がそれを盾にして助けを求める為の言葉ではない。助けを求めるのは悪いことではないが、助けるかどうかは助ける側が決めることだ。助けてもらう側が決めることではない。

それを、弱い者は助けてもらう権利があると勘違いしている。助けてもらうのは有り難いことであり、当たり前のことではない。助けてもらう権利などないのだ。

私たち人間も、自然の一部であり自然界で生きている。もっと自然の在り方に見習い、自然の摂理を学ぶ必要があるだろう。そうしなければ、いつか自然に排除されてしまうかもしれない。人間の中にももちろん、自然の法則は働いているからだ。

私も飼い犬から学んだ。犬を飼うということは、自然が家の中に生きているということでもある。

もう死んでしまったペットの犬は、臆病で甘えん坊な犬だった。弱い犬ほど吠えると言うが、やたらと吠えていた。そして人間が大好きで寂しがり屋だった。動物病院が嫌いで、いつも予防注射の時はブルブル震えていた。人を噛むことは絶対になく、従順で心の優しい犬だった。

ところが、自然の生き物の底力や生きる強さを犬から感じたことがある。

犬が高い椅子から飛び降りて、脚を骨折した時のことだ。動物病院の先生が不在で、翌日病院に連れていくことになった。犬は一晩を骨折の痛みに耐えなければならなかった。

付き添って寝ている私のそばで、犬は一言の声も出さないで、痛みと闘った。痛みに耐えかねたのだろうが、三本脚で一晩中動き回っていた。しかし、ウンともスンとも言わなかった。

死ぬ前にも、犬は何も声を出さなかった。ただひたすら、生きようとして起ち上がることを何度も試みた。その間、犬は寡黙だった。たった一人で孤独のうちに、死と闘っていた。死ぬ15分前まで手足を動かし生きようとしている姿を私は確認した。

普段はあんなに弱虫で甘えん坊の犬のどこに、そんな力があったのだろう。本当に困難や苦痛と闘う時には、犬は一人で立ち向かった。一言の声もあげることなく、もちろん人間の助けなど求めもしない。

生き物というのは、本来は強いのだ。最後は自分の力で生きなければならない。そうしないものは生きられない。それが自然の掟なのだ。犬はそれを知っていたようだ。

エマソンは他にも、幸運に頼るなと言う。幸運というのは自分のやったこと以上のことを望むことだ。自然の掟は、自分のやったことが戻ってくるだけだ。それ以上のことは何もない。自分の人生を良くするかどうかは運次第ではなく、自分の生き方次第なのだ。

私は人に頼るのが嫌いだ。人に弱みを見せるのも嫌いだし同情もされたくない。でも、弱そうで同情したくなる人の方が、何かと人からは良くしてもらえる。私は強そうに見えるせいか、人から良くしてもらえることはあまりない。

でも、エマソンの本を読んで、私の生き方は間違っていなかったと思った。時には強がりに見えるかもしれないが、それでも私は自分の足でしっかりと立つのだ。

社会に順応した方が生きやすく、社会の力を借りることもある。助けが必要な時には、もちろん「助けて」と言う。しかし助けてもらえるのは当然ではない。助けてもらえないこともあるだろう。

そんな時には自分の力だけで生きなければならない。そして生きられなかったらお終いになる。人間にはそんな覚悟が必要だ。

最後は自分だけが頼りなのだ。そして死ぬ時も一人で死んでいく。たった一人で死と闘い、声も出さずに旅立った犬は、気高く神々しくすらあった。それが自然の生き物の姿なのである。私もそんな風に生きようと思った。